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花粉症対策で動くスギ伐り替え需要

スギ人工林の伐採跡地に若い苗木が列状に植えられた植替え現場の風景

国民病への政策転換――「10年でスギ人工林2割減」

国民の約4割が罹患しているとされる花粉症は、もはや医療だけの問題ではなく、労働生産性を損なう社会経済問題として扱われるようになりました。2023年、政府は花粉症に関する関係閣僚会議を設置し、「花粉症対策の全体像」を決定します。その柱の一つが発生源対策、すなわちスギ人工林そのものを減らしていく方針です。

具体的には、スギ人工林の伐採・植替えを加速し、10年後(2033年頃)にスギ人工林を約2割減少させ、将来的には花粉発生量の半減を目指すという内容です。このために、住宅地に近いエリアなどを中心に「スギ人工林伐採重点区域」を設定し、伐採への支援、花粉の少ない苗木への植替え、スギ材需要の拡大策(住宅分野での利用促進や輸出拡大)を一体的に進めるとしています。花粉症対策という国民的な関心事が、林業の根幹である主伐・再造林政策の推進力になるという、これまでにない構図が生まれました。

対策の全体像は、(1)スギ人工林の伐採・植替え等の発生源対策、(2)スーパーコンピュータやAIを活用した飛散予測の高度化などの飛散対策、(3)アレルゲン免疫療法の普及といった発症・曝露対策の三本柱で構成されています。このうち林業に直接関わる発生源対策には最も長い時間軸が設定されており、単年度の施策ではなく、10年単位の国土改変プログラムとして設計されている点が特徴です。花粉症による経済損失は年間数千億円規模との試算もあり、「森林政策に社会的コストの削減効果という新しい正当化根拠が加わった」と見ることもできます。

素材生産・流通への波及――伐採需要の拡大

この方針は、林業ビジネスに直接的な仕事量をもたらします。スギ人工林を2割減らすということは、単純化すれば数十万ha規模の主伐と、その後の植替え・更新が今後10年で追加的に発生するということです。重点区域での伐採には交付金等の支援が用意され、都市近郊の比較的条件の良い森林が対象になりやすいため、素材生産事業体にとっては採算の見込める伐採案件が増えることになります。

一方で、市場への影響には注意が必要です。伐採が進めばスギ丸太の供給が増え、需要拡大策が追いつかなければ丸太価格の下押し圧力となりかねません。実際、業界内では「出口(需要)とセットでなければ山元にメリットが残らない」という指摘が繰り返されています。政府も、スギ材の住宅・非住宅への利用促進、木材製品輸出の拡大、木質バイオマスでの活用を並行して掲げており、伐って出した材をどこで使うかという国産材需要の問題と表裏一体で進む政策と言えます。また、伐採の急増に対して、トラック運転手や土場・製材の処理能力といったサプライチェーン側の制約も現実的なボトルネックです。

素材生産事業体の側から見ると、重点区域の主伐は「仕事量の平準化」という副次的なメリットも持ちます。従来の主伐は木材市況に左右されて計画が立てにくいものでしたが、政策的な伐採計画は数年先まで見通せるため、高性能林業機械への投資判断や人材採用の計画性を高めます。伐採から植替えまでを一括で受託する「伐採・造林一貫作業」の体制を整えた事業体ほど、この需要を取り込みやすくなると考えられます。

最大の焦点は苗木――少花粉スギとエリートツリーの増産

伐り替え政策の成否を握るのは、実は伐採よりも苗木の供給力です。植替えには花粉の少ない苗木を使うことが前提となりますが、スギ苗木の年間生産量に占める花粉症対策苗木(少花粉スギ・無花粉スギ・エリートツリー等)の割合は、政策開始時点で5割程度でした。政府はこれを10年後に9割以上へ引き上げる目標を掲げています。

少花粉スギは花粉量が一般スギの1%以下の品種、無花粉スギは雄花をほとんど付けない品種です。さらに、成長が在来系統の約2倍で花粉も少ないエリートツリー(特定母樹)の普及が本命視されており、伐期短縮による林業採算性の改善と花粉削減を同時に実現する切り札とされています。課題は増産のスピードです。採種園・採穂園の造成から苗木の出荷までには年単位の時間がかかるため、コンテナ苗の生産施設への投資、閉鎖型採種園による種子生産の効率化、苗木生産者の育成が急ピッチで進められています。苗木生産は長らく縮小産業でしたが、いまや成長分野として新規参入や設備投資が起きている点は、林業関連ビジネスの中でも特筆すべき変化です。従来の露地栽培に比べて育苗期間を短縮でき、植栽時期の制約も緩いコンテナ苗の普及は、ハウス・灌水設備・培地といった施設園芸的な技術体系を林業に持ち込みました。農業法人や種苗関連企業など異業種からの参入事例も現れており、苗木の安定供給契約を軸に、素材生産事業体・自治体・苗木生産者が連携する地域モデルづくりが各地で模索されています。

ビジネスチャンスと留意点――「出口」と「植える力」を見る

花粉症対策の発生源対策は、素材生産、苗木生産、造林・保育、木材流通・加工、さらにはドローン苗木運搬や造林省力化機械といった林業テックまで、幅広い事業領域に需要をもたらします。都市近郊の伐採は住民合意や景観・防災への配慮が不可欠なため、合意形成支援やリモートセンシングによる伐採適地の選定・影響評価といった、データを活用したコンサルティング需要も見込まれます。

他方で、事業として関わる際の留意点も明確です。第一に、この需要は政策駆動であり、交付金・予算措置の規模と継続性に左右されます。第二に、伐採後の再造林と獣害対策まで確実に実行されなければ、「花粉症対策の名を借りた伐り逃げ」という批判を招き、政策自体の持続性を損ないます。第三に、花粉飛散の実感が変わるまでには数十年を要する長期戦であり、短期的な成果を過度に喧伝しないことが業界への信頼につながります。

国の重点区域以外でも、東京都の多摩地域における花粉の少ない森づくりのように、都道府県が独自に伐り替えを進めてきた事例は以前から存在します。今後は国の対策と地方の施策が重なり合い、花粉対策を名目とした森林整備予算が全国で厚みを増していく見通しです。レーザー測量による資源把握、ICT生産管理による伐採・搬出の効率化、ドローンによる苗木運搬といったスマート林業の技術群は、この大規模な伐り替え事業を現実的なコストで回すための実務基盤として、需要が一段と高まると考えられます。

スギの伐り替えは、戦後造林以来はじめて「森林の中身を入れ替える」国家規模のプロジェクトです。それは同時に、主伐・再造林の実行力、苗木の供給網、木材の出口づくりという、日本林業の弱点をまとめて試すストレステストでもあります。当サイトでは、将来展望のページとあわせて、この動きを継続的に追っていきます。